形あるものが君なら day1
「リュー!」
振り向く顔はまだ幼く、儚いほど柔らかな頬だ。
「ご飯食べるぞ」
「はあい」
「今日はカレーライスな」
「リュウがすきなやつだ!」
ソウタはリュウの座っていたソファーに向かい、伸ばした右手を取る。
2人でゆっくりと歩きながら少しだけまた胸をかすめる痛みに気付かないフリをする。
「..リュウ、これ椅子」
手を引いて、椅子に座らせる。一つ一つがリュウにとっては未知だからこそ丁寧に言葉で説明する必要がある。
座ったリュウの手首をとって、いつものように言葉を続ける。
「右手の方から、水の入ったコップ、カレーライス、カレーライスの入ったお皿の下にスプーンがある。」
それぞれリュウの手に触らせながら説明することで1人でもご飯を食べれるようにする。
「大丈夫か?」
「大丈夫!」
「よし!...じゃあいただきます」
「いただきまーす」
リュウは手探りでスプーンを握り、カレーライスを掬う。
「あついからな、ふーふーって」
「ふーふーっ」
息を吹きかけたあとゆっくり口にカレーライスを運んだリュウが咀嚼して飲み込んだのをみて、ソウタはようやく息をつく。
「リュウ、食べるの上手になったな」
「リュウ、もうパパいなくても1人で食べれるよ!」
スプーンをとってようやく食事を開始する。少しだけ冷たくなったカレーが、ソウタの日常だった。
#1
「キコ」
レジャーシートを敷いた日曜昼下がりの公園。
弁当箱一式を広げ終わり、気持ちの良い天気に戦ぐ風にキコはぼんやりとしていた。
「食べよっか」
ユキトはキコにそう話すと、笑みを零しながらいただきます、と言った。
「いただきます」
キコもユキトに続いておにぎりに手を伸ばす。
「..いいにおい」
突然、降ってきた幼い子供の声に二人して頭を上げる。
「なんかいい匂いするよ?おとうさん」
そこには、まだ小さな男の子と若い男がいた。子供の言葉を辿ると、キコと同年代くらいのこの男が父親なのかもしれない。
「あ、すみません、リュウ、行くぞ」
「なんで?おとうさん、買ってよ」
小さな手で必死に父親に抵抗する。そんな姿を見たキコは少しだけ戸惑いながらも声をかけた。
「よければ...」
キコはそう言うと、弁当の中からおにぎりを1つとナムルを少しと唐揚げを1つ、紙皿に乗せて割り箸と共に父親の方に差し出した。
「そんな、」
「んーーーーいい匂い、いい匂い!!」
片手で父親と手を繋いだ少年がぴょんぴょんと跳ねる。
「私も、こう言って貰えると嬉しいですし」
「僕たちの分はもう十分あるので、お気になさらないでください」
キコに加えてユキトがそう言うと、男は遠慮気味に微笑みながらありがとうございます、と言った。
「やったー!」
「リュウ、お姉さんとお兄さんがリュウのためにくれたんだぞ。お礼は」
「おねえさん、おにいさん、ありがとうございます!」
少年の声の初々しさにキコは思わず笑みが零れる。
何度も会釈をしながら去っていく男と小さな子供の後ろ姿を、キコは母親かのように見つめる。
「キコ」
「ん?」
「キコってそんなに子供好きだったっけ」
キコははっとしてユキトを見つめる。ユキトはいつもと変わらない優しい顔でキコの方を向いていた。キコは突然、恥ずかしいような思いがして言葉を続けた。
「いや、今のは」
「うん」
「...他人の子供、だから。私は、自分の子供を大切にとか、思えないだろうなーって、そういう意味の」
焦ったように言葉を続けるキコは視線を落とした。目を合わせたら見透かされてしまいそうだったから。
「そっか」
ユキトの言葉が小さくて、何より重かった。