形あるものが君なら day4
自宅の前まで来て、ソウタはためらった。
何の連絡もなしに、というより連絡する手段がなかったのだが、偶然知ることになった家に尋ねることは果たして失礼ではないだろうか。
しかし、ここまで来たからには。
そこまで思って、突然目の前のドアが開いた。
「あ」
お互いに驚いた表情でキコとソウタは向き合った。
「..こんにちは」
驚きと戸惑いが混ざったような表情でソウタを見るキコ。ソウタは焦ったように、言葉を続けた。
「すみません、今チャイム押そうと思っていたところで。あの、えっとこの間は本当にありがとうございました。で、えっと、タオルを返しに来たのと、少ないですけど、これ」
湧いてくる恥ずかしさに見て見ぬふりをしながらソウタはキコに紙袋を渡した。キコは、驚きながらもソウタの姿に笑みを零しながら紙袋を受け取った。中身を見てみると見覚えのあるブランドのチョコレートだった。
「全然、そんな大したことは」
キコの受け取らないような仕草にすぐに言葉を返す。
「倒れてたのを助けてもらったことは大したことです」
戸惑いの表情を深くするキコはソウタに向かって呟く。
「当たり前のことです、だからこれは..」
そう言って紙袋を返そうとするキコに、ソウタは話を切り出す。
「本当は」
視線を下げたまま話をし始めたソウタにキコは視線を向ける。
「お願いがあって、ここに来たんです」
キコは半分だけ外に出していた体を半歩前に出して、後ろ手に扉を閉めた。ソウタはそれと同時に目線を上げてキコを見つめる。
「息子に夕飯を作って欲しいんです」
キコは黙ったままソウタを見つめた。ソウタもキコを見たまま、言葉を続ける。
「無理なお願いだということは分かってます。でも、どうしてもお願いしたいんです」
キコは視線をふらつかせて、答えを探した。
「どういう話か、まだ理解が..」
戸惑うキコにソウタはすみません、と謝罪する。「いえ、怒っているわけでは..。理由を話してもらうことは..できますか?」
キコは1度頭を掻いて、ソウタを改めて見た。
「話が少し長くなってしまうんですが、お出かけ..ですよね?」
ソウタはキコの姿に目をやり、外出予定であったことを悟った。
「連絡を入れるので大丈夫です」
キコはユキトの家まで行く予定であったが、『急用で少し遅れる』とメッセージを送信した。
「行きましょう」
「すみません、突然」
「大丈夫です。大した用ではないので」
ソウタは申し訳なさそうな顔をしたままキコに付いて歩きだした。キコといえば、自分の口から出てきた「大した用ではない」という言葉になぜか自分自身が1番傷ついていることに気付かないフリをしていた。
形あるものが君なら day3
針の音がよく聞こえる。
リュウを寝かしつけたソウタは寝室からリビングに戻り、ソファーで深く息を漏らした。
ソウタは瞑っていた目を開け、ソファーの前に置かれた小さなテーブルに視線を向ける。そこには、何枚かのチラシと共に高校の友人から届いた結婚式の招待状があった。
ソウタはまた目を閉じ、今度は深くため息をつく。
『元気でいて欲しいんです』
突然思い出したのは彼女の言葉だった。ヤナイキコ、という名前だったことをソウタは改めて思い返した。
「元気で..」
ソウタは天井に向けて呟く。ダイニングテーブルの端に置いたタオルに目を向ける。親切な彼女が、ソウタのために貸してくれたものだった。
ソウタは立ち上がり、向かったテーブルでタオルを手に取る。
「返さなきゃだよな」
自分を納得させるために声に出す。そうだ、返しに行かないといけない。お礼もしなければ。
タオルを置いて、テレビをつける。何だかいつもより、テレビが面白く感じられた。
..
「私はどーしたらいいんですかあ」
「だから、早く別れなさいって何回も..」
「別れたくないんですもん!」
「はあ、もっと頭使って恋愛しなさい。いい?好きなんて感情は恋愛に1番不要なんだから」
「理解できません..」
女の恋愛相談は常に一方通行だ。噛み合っていないことを理解してもなお続く会話は、日常になった。
「キコさんはどう思いますか?」
悩める女は無責任に話題を振りまく。
「私は」
同期と後輩、どちらもが私に視線を寄越す。本当は昼食を進めたい。
「ユイが別れたくなったら別れればいいし、別れたくないなら、別れなくていいと思う」
キコ以外の二人がゆっくりと目を見合わせる。
「そんなことはいいのよ」
「分かってますよそんなこと」
ため息をつくように呆れた顔でキコを見る二人にキコも溜息をつきたくなる。
「だから言ってるでしょ。私に恋愛相談しないで」
冷たいんだから、と後輩がこぼす。キコは気にせずに箸を進める。
二人はその後も話を続けていたが、キコは黙って聞いているだけだった。
...
「右から、グラスに入ったオレンジジュース、大きい皿にパンケーキ、その下にフォーク。パンケーキはお父さんが切ってやるから」
「はーい」
家の近くに出来たこのカフェは立地があまり良くないからか、それなりに空いていた。日曜の昼だというのに店内には空席がある。
「よし」
リュウの分のパンケーキを1口サイズに切り終わるとソウタは呟いた。
「食べていい?」
リュウはうきうきとしてソウタにきいた。ソウタは頷きながら、いただきますしてからな、と笑う。
「いただきまあす」
リュウは器用にフォークを持つとパンケーキを食べ始めた。
ソウタはリュウの姿を見て微笑むと、皿に落としていた視線を上げた。
「あ、」
少しだけ距離をおいた席に座っていたのは、例の彼女だった。ここまで偶然が重なることはあるんだろうか。なんとなく心拍数が上がるのを感じた。
リュウは美味しそうにパンケーキを食べている。彼女とその友達と見られる二人組はもう食事を終えたのか、コーヒーを飲みながら少し暗い雰囲気だった。
「ねえ」
責めるような言葉を掛けているのは、友達の方だった。彼女は気まずそうに目線を落としたまま。ソウタはあまり視線を寄越さないようにパンケーキを食べながら、無意識に聞き耳を立てていた。
「もうやめな」
リュウと自分が立てる皿とフォークの音、かすかに流れる店内のBGM、どれも二人の雰囲気とは合わなかった。
「わかってる」
キコはコーヒーを一口のむ。ソウタは二人が一体なんの話をしているのかよく分からなかった。
「ユキトくん、キコに無理させたくないって」
キコは黙って話を聞いている。
「..人に恋愛感情を抱けないことは、何も悪いことじゃないんだよ?」
ソウタはパンケーキを食べる手を止めた。
ソウタは目線を上げてキコを見つめる。
「..普通じゃない」
キコは掠れた声で呟いた。ソウタにはギリギリ聞こえるくらいの声だった。
「普通になりたいから、ユキトくんを利用するの」
ソウタは、まだ動けないままだった。いわゆる「好きな人ができなくて困っている」という種類の内容ではないことが分かる。
ソウタの心拍数は上昇した。その反面で、感情は鎮火されていった。
「..そうかも」
「お父さん」
不意にかけられたリュウの声に驚く。
「美味しいね」
リュウの言葉に乾いた口でそうだな、と呟いた。
形あるものが君なら day2
「リュウ?」
寝る時間をとうに過ぎているがリュウは小さな手で一心不乱、と言っていいほど夢中に絵を描いている。
「明日起きれないだろ」
ソウタの声が聞こえているのかいないのか分からないほどの無反応を貫くリュウは、鉛筆を掴んで離さない。
ソウタは少しため息をつきながら、リュウと机を挟んで向かい側に座った。
絵を見てみると、何を描いているのかは分からないが不思議とまとまりのある絵だった。
「おとうさん」
不意にリュウは鉛筆を紙に走らせるのをやめた。
「どうした?」
ソウタは片手で缶ビールを開けながら何かを訴えようとするリュウを見つめた。
「おにぎりのお姉ちゃん」
おにぎりのお姉ちゃん。ソウタは一度リュウの言葉を心の中で繰り返し、今日の昼に出会った彼女のことを言っているのだと理解した。
「お姉さんがどうした」
缶ビールを傾ける。口の中で弾ける泡がソウタを生き返らせる。
「..お姉ちゃんは、どんなかたち?どんないろ?僕とはちがうの?お姉ちゃんはなんさい?お姉ちゃんは...」
リュウは息を切らしながら話した。
「お父さんもよく知らない」
「...リュウ、またお姉ちゃんのごはん食べたい」
そんなことを言われても、とソウタは思った。また缶ビールを傾ける。
「おいしかったな」
リュウはそう呟くと、鉛筆をとって絵の続きを描いた。
缶のまわりに付いた水滴が机に丸い跡を付ける。そんなことに少しだけ、嫌気がさした。
...
暑い。
午後2時。一日のうち最も暑くなる時間になった。キコは開けていた窓を閉め、冷房を付ける。
グラスに水を入れ、また元のように机に戻る。
在宅での仕事は、キコにとって幸せなものだった。人に合わせる必要もなく、無駄な気遣いも必要ない。のびのびとできる自宅が唯一の居場所であるキコにとって、新しい生活様式なるものは神様が与えてくれたプレゼント同然だった。
チャイムが鳴った。
最近の宅配は印鑑が必要ないので、すぐに玄関へ向かい扉を開ける。
「はい」
「田川急便です、こちらお間違いないでしょうか」
背が高く、どこかで聞いたことのある声をしていた。整った顔はほんのり赤くなっていて、キコを見つめる目はどこか焦点が合っていなかった。
...あぁ、昨日の。
「大丈夫です」
荷物を受け取り、確認する。こちらにも気付くかと思ったが、そんな気配は少しも見せない。
「お待たせ致しました。失礼します..」
ぼんやりとした瞳で立ち去ろうとした彼は、突然その場に倒れ込んでしまった。
「え、ちょっと」
荷物を床に置いて彼の体を揺する。
「あの、あの!大丈夫ですか」
あ、揺すったらだめなんだっけ、どうすればいいんだっけ、こういうとき。キコは頭が沸騰しそうになりながら色々なことを考えた。とりあえず、救急車を呼ばないと。
キコが携帯を持ち出したタイミングで、彼はゆっくりと瞼を開いた。
「大丈夫ですか?」
キコは起き上がろうとする彼の肩を支えながら尋ねる。
「大丈夫です、すみません」
「ちょっと待ってて下さい。今お水持ってきます」
「いや、あの」
キコはすぐに家に戻ってグラスに氷を入れ、並々に水を注いだ。
キコがもう一度扉を開けると申し訳なさそうにたたずむ彼の姿があった。
「これ、飲んでください」
彼は申し訳なさから視線を落としているためか、私の方を見ようとはしなかった。
「すみません、ありがとうございます」
彼はグラスを受け取ると、水を一気に飲み干した。飲み干した勢いで息を漏らす彼と、今日初めて目が合った。
「え..」
彼は目を見開いて言葉を失っていた。
「あの、昨日の..」
「そうです」
「すみません、気が付かなくて。昨日も今日もご迷惑を..」
「いえいえ、迷惑だなんて。こんな暑い天気ですから、水分補給は必要ですよ」
「..飲み物を買うことも忘れてました」
空になったグラスを受け取る。
滝のように彼から流れる汗が、彼の苦しさを表しているようだった。
「あの、本当にありがとうございました。お礼をしたいんですけど、仕事に戻らないといけないので」
「あ、ちょっと」
キコは自分自身でも不思議だった。基本、他人に対して関心のない自分が、2度顔を合わせただけの男にお節介を焼こうとしていること。
「もうちょっとだけ待ってて下さい」
キコはまた急いで部屋に入る。洗いたてのマフラータオルと、冷蔵庫で冷やしておいたお茶を取り出す。ついでに先程買ってきた塩分を摂取するための飴も掴んで急いで玄関に向かう。
「これ」
彼は差し出されたそれをとりあえず受け取るも、戸惑いながらキコを見つめた。申し訳ない、受け取れない、そんなことを今にも言い出しそうな彼に先手をうつ。
「申し訳ない、とかじゃなくて」
キコは諭すように呟いた。
「..元気でいて欲しいんです」
彼の目には少しだけ戸惑いがあったけれど、キコが微笑むと、彼も小さく笑った。
「元気、出ました」
笑顔でそう話す彼に、幸せを感じる。自分が他人に与えた幸せを、目の前で感じたからだろうか。
「お名前、聞いてもいいですか?」
彼からそう言ってもらえてよかった。キコは久しぶりに自分の心が開かれていくのを感じている。
「ヤナイ キコ、です」
「ヤナイ キコさん」
「そちらは..」
「トガシ ソウタです」
ソウタ、どんな漢字だろう。爽やかな雰囲気によく似合った名前だと思った。
「あの、本当にありがとうございました」
そろそろ、お互い仕事に戻らなければならないためソウタは挨拶をした。
「いえいえ」
キコは何度か笑いながら会釈をする。キコは、笑顔でいるのが辛くないのはいつぶりだろうと思った。ソウタは会釈をし、最初とは見違えた姿で去っていった。
辛い人生でありませんように、苦い人生でありませんように、少しでも彼にとって幸せなことがこれから起こりますように。
扉を閉める瞬間に、この時間を終わらせるのが少し惜しい気がした。
形あるものが君なら day1
「リュー!」
振り向く顔はまだ幼く、儚いほど柔らかな頬だ。
「ご飯食べるぞ」
「はあい」
「今日はカレーライスな」
「リュウがすきなやつだ!」
ソウタはリュウの座っていたソファーに向かい、伸ばした右手を取る。
2人でゆっくりと歩きながら少しだけまた胸をかすめる痛みに気付かないフリをする。
「..リュウ、これ椅子」
手を引いて、椅子に座らせる。一つ一つがリュウにとっては未知だからこそ丁寧に言葉で説明する必要がある。
座ったリュウの手首をとって、いつものように言葉を続ける。
「右手の方から、水の入ったコップ、カレーライス、カレーライスの入ったお皿の下にスプーンがある。」
それぞれリュウの手に触らせながら説明することで1人でもご飯を食べれるようにする。
「大丈夫か?」
「大丈夫!」
「よし!...じゃあいただきます」
「いただきまーす」
リュウは手探りでスプーンを握り、カレーライスを掬う。
「あついからな、ふーふーって」
「ふーふーっ」
息を吹きかけたあとゆっくり口にカレーライスを運んだリュウが咀嚼して飲み込んだのをみて、ソウタはようやく息をつく。
「リュウ、食べるの上手になったな」
「リュウ、もうパパいなくても1人で食べれるよ!」
スプーンをとってようやく食事を開始する。少しだけ冷たくなったカレーが、ソウタの日常だった。
#1
「キコ」
レジャーシートを敷いた日曜昼下がりの公園。
弁当箱一式を広げ終わり、気持ちの良い天気に戦ぐ風にキコはぼんやりとしていた。
「食べよっか」
ユキトはキコにそう話すと、笑みを零しながらいただきます、と言った。
「いただきます」
キコもユキトに続いておにぎりに手を伸ばす。
「..いいにおい」
突然、降ってきた幼い子供の声に二人して頭を上げる。
「なんかいい匂いするよ?おとうさん」
そこには、まだ小さな男の子と若い男がいた。子供の言葉を辿ると、キコと同年代くらいのこの男が父親なのかもしれない。
「あ、すみません、リュウ、行くぞ」
「なんで?おとうさん、買ってよ」
小さな手で必死に父親に抵抗する。そんな姿を見たキコは少しだけ戸惑いながらも声をかけた。
「よければ...」
キコはそう言うと、弁当の中からおにぎりを1つとナムルを少しと唐揚げを1つ、紙皿に乗せて割り箸と共に父親の方に差し出した。
「そんな、」
「んーーーーいい匂い、いい匂い!!」
片手で父親と手を繋いだ少年がぴょんぴょんと跳ねる。
「私も、こう言って貰えると嬉しいですし」
「僕たちの分はもう十分あるので、お気になさらないでください」
キコに加えてユキトがそう言うと、男は遠慮気味に微笑みながらありがとうございます、と言った。
「やったー!」
「リュウ、お姉さんとお兄さんがリュウのためにくれたんだぞ。お礼は」
「おねえさん、おにいさん、ありがとうございます!」
少年の声の初々しさにキコは思わず笑みが零れる。
何度も会釈をしながら去っていく男と小さな子供の後ろ姿を、キコは母親かのように見つめる。
「キコ」
「ん?」
「キコってそんなに子供好きだったっけ」
キコははっとしてユキトを見つめる。ユキトはいつもと変わらない優しい顔でキコの方を向いていた。キコは突然、恥ずかしいような思いがして言葉を続けた。
「いや、今のは」
「うん」
「...他人の子供、だから。私は、自分の子供を大切にとか、思えないだろうなーって、そういう意味の」
焦ったように言葉を続けるキコは視線を落とした。目を合わせたら見透かされてしまいそうだったから。
「そっか」
ユキトの言葉が小さくて、何より重かった。
ムンビン×金ドラの可能性を考える
TBS金曜10時"金ドラ"枠×大人の恋愛ドラマ×ムンビンで、真剣にストーリーを構成しました。
日本のドラマ枠で韓国人キャストを多数起用していくという非現実的妄想になります〰️🔅
人物設定
キコ 27歳 : キムジウォン
都内の食品会社勤めのOL。容姿が整っていて、頭も良く傍から見れば何不自由なく過ごしているように見える一方で・・・
料理が上手く、一時料理人を目指したこともある。
ソウタ 26歳 : ムンビン
都内の運送会社に務めている。5歳の息子がいるシングルファーザー。
仕事、子育て、その上子供は視覚障害を持ち、日々に忙殺されている。
ソウタの一人息子。生まれつき全盲のため、光を感じることができない。
目が見えない分人一倍嗅覚が敏感である。優しい性格で、好奇心が旺盛。
ユキト 28歳 : チャニ(SF9)
付き合って1年になるキコの彼氏。誠実で優しく、絶対に人を悪く言わない。
料理や洗濯などは苦手で不器用な一面もあるが、頑張って克服しようとしている。
あらすじ
27歳のキコは容姿端麗かつ秀才で明るく誰からも好かれる性格。いわゆる「人生成功コース」を順調に歩んでいるように見える彼女にはある秘密があった。一方、26歳のソウタは21歳で授かった一人息子のリュウと2人暮し。際限なくリュウを可愛がるソウタだが、リュウは目に障害があり一筋縄にはいかない子育てと仕事の両立に身体と精神を疲弊させる日々。
そんな「ありのまま」でいられない2人の人生が不思議に絡み合い、不器用ながらに幸せを探していく。